地域の声
「また戻りたくなる故郷へ」
地域を変える可能性に
賭けた想い
~副町長の視点~
宮城県本吉郡南三陸町役場 元:副町長
(現:南三陸研修センター 代表理事)
遠藤 健治 さん
2011年3月の東日本大震災時、復興を目指す行政の中で、副町長という事務方のトップをつとめていた遠藤さんに当時の状況や南三陸BIOの建設前後の想いをうかがいました。
※(本記事は2017年12月8日に発行した電子書籍「バケツ一杯からの革命」からの抜粋記事です。写真は視察ツアーを案内する様子。)
費用よりもっと大切な部分を町づくりの核に据えるべきだという判断でした
遠藤さん:「震災後、本当にいろいろな企業や個人、団体、学識経験者らが支援と復興計画の提案に来てくださいましたが、正直、混沌そのものの状況でしたね。」
震災当時の副町長だった遠藤健治氏が語った。現在は入谷地区の研修宿泊施設「いりやど」の運営などを担う南三陸研修センターの代表理事としてBIOのPRに努めている遠藤氏だが、当初はバイオガスプラントの導入には慎重なスタンスだったという。
遠藤さん:「被災した住民たちの喫緊の課題を解決しなくちゃならない中で、新しい町への復興計画も立てなければならない。色々な提案も、とてもさばける状況じゃありませんでした。だからバイオガスの事業化の話が出てきたときにも、すぐに飛びつくのはちょっと待てと、手綱を引いていたのは事実ですね。」
町長と共に防災対策庁舎の屋上で津波にのまれ、奇跡的な生還を果たした業務運営のトップという立場であった。未曾有の災害からの復旧を急がなければならない一方で、将来の地域のあり方を左右する事業を未消化な理解や不透明な見通しのままで進めるわけにもいかない。財政を握る副町長の職責にあった遠藤氏が石橋を叩く慎重なスタンスにならざるを得なかったのも当然だろう。
とくに行政担当者として焦点にせざるを得ないのが費用対効果だ。生ごみを域外に持ち出して焼却処分にする費用に比べ、バイオガス施設の運用による処理が必ずしも安くなるわけではない。むしろ若干ながら高めになる場合もある。その点は問題にならなかったのだろうか。
遠藤さん:「費用的に安くなるわけではありませんが、金額的には大きく変わりません。それより、もっと大切な部分を町づくりの核に据えるべきだという判断でしたね。」
バイオマス産業都市として目指す町の将来像のひとつが「森里海街の資源ポテンシャルを活かした産業振興・雇用創出」という項目に表現されている。廃棄物処理費の金額が同程度だとしても、それが町外へ流失する焼却費用なのか、町内に還元される資源循環事業の資金となるのかでは全く意味が違ってくるはずだ。それが、町の将来像に掲げられた「この資源循環システムは地域の産業を振興し、雇用を生み出し、安心の暮らしを支えるインフラになる可能性を持っている。」という戦略にも反映されている。事実、BIOを核とした資源循環事業は回収業者や分別作業員、液肥散布作業員などの雇用を生み出し、液肥を使用した農産物の付加価値化を促し、分別回収に参画する住民の関係性を深めて「災害に強いまちづくり」にも貢献している。これがもし、町外の廃棄物処理施設に任せるだけの施策であれば、その費用は地域に何も価値を生み出さずに消えていくことだろう。
ここで暮らしていくうえで住民に何か誇れるもの、自慢できることが必要だったんです
一方で「安心して暮らせる町づくり」を目指し、抜本的な津波対策として進められている居住地の高台移転は、用地の確保や整備に歳月を要する事業だった。その間に仮設住宅での生活が困難な世帯や、鉄道の寸断で子供の通学環境が失われたなどの事情から、多くの住民が町から離れていった。
遠藤さん:「震災後、町の人口が大幅に減りました。合併時に1万8,000人だったのが、震災後は町外に避難している人を含めても1万3,000人ほどになってしまいました。未来に向けて町が発展していくためには、ただ復旧するだけではなく、ここで暮らしていくうえで住民に何か誇れるもの、自慢できることが必要だったんです。」
やむを得ない事情で故郷を離れていった住民も、また戻って暮らし続けたくなるような町づくりが至上命題となっていたのである。それが、自然との共生を掲げていた町民憲章をさらに深化し、掘り下げていく施策、すなわち「森 里 海 ひと いのちめぐるまち」という町の将来像の指針に結び付くこととなった。
決意を後押ししたのは、「未来に向けて今、変わろう」とする地域住民の意志
こうしてバイオガスプラントによる資源循環事業の意義や本質への理解が進む中で、副町長としての認識も徐々に推進へと傾き、やがて確信へと変わっていった。
遠藤さん:「町民憲章にも謳われているように、震災前からも南三陸町の方針として、海山川里の恵みの豊かさや自然の共生を掲げていたんですよ。でも、その豊かな恵みをどう循環させ、持続可能なものにしていくのかというところまでは、具体的に踏み込んでいませんでした。地域の中でエネルギーや資源を作っていくという意識も、正直言って、あまりありませんでしたね。」
しかし、町のインフラの全てを破壊した震災に遭遇し、水道も電気も燃料もない中で、津波から逃れながらも寒さで命を落とすお年寄りが相次ぐ状況に直面した。沿岸部一帯の製油所が津波で供給機能を失い、被災地では深刻な燃料不足が課題となっていた。
遠藤さん:「あのとき、我々はエネルギー自給の必要性を嫌というほど思い知らされたんです。だからこそ『災害に強いまちづくり』を目指す方針の中でエコタウンへの挑戦を掲げ、循環型、自立型の再生可能エネルギーを導入するという道筋ができたときには、もう誰からも異論は出なかったですね。」
だが、再生可能エネルギーと一口に言っても様々なものがある。風力や太陽電池もあるし、木質バイオマスのペレット燃料化事業の検討も進められていた。その中でバイオガスプラントが選択された理由には、廃棄物行政が抱えていた従来からの課題対策という側面も、もちろんあっただろう。しかし、やはり決定的だったのは「住民の意識変革」だった。
遠藤さん:「当初は木質ペレットの構想の方が先行していましたね。燃やしてエネルギーにするというのは分かりやすいのです。メタン発酵のバイオガス発電というのは正直、ちょっと分かりにくいところがありました。ただ、一方では町内の焼却炉が老朽化で使えなくなっていたし、気仙沼市へ持ち込む可燃ごみの4割(重量)は生ごみでした。これを資源化するという循環型社会の構想が、生ごみ分別の実証実験に参加した住民の声なども通じて、じわじわと浮上してきたんですね。」
当時の環境対策課長も、木質バイオマスの検討が中心だった当初はそれほどバイオマス施策に積極的ではなかったという。しかし、生ごみの分別回収の実証実験が終わった後に「せっかく身に付いたのに終わるのはもったいない」、「実験だけじゃなく、町の施策として続けてほしい」という住民たちの相次ぐ声を受けてからは、人が全く変わったかのように資源循環事業の推進役となったそうだ。
バイオガスプラントの是非をめぐっては役場内でも様々な意見があった。同じ部署内でも、より確実性が高い従来型のインフラでの復興を推す部下もいた。しかし、課長自ら率先的に決意を固め、バイオマス産業都市構想の採択に至るまで事務方の中心的な旗振り役になったという。その決意を後押ししたのは、「未来に向けて今、変わろう」とする地域住民の意志であった。
人と自然の「生態系」を可視化する装置
費用対効果という一側面から見れば、バイオガスプラントにしても、木質ペレットにしても、それ単体での事業や、単一の機能としては採算が合わない場合がある。しかし、そこから生まれる様々な波及効果や外部経済(*1)が見込まれ、資源循環に基づいた産業や、持続可能な生活スタイルが育まれる町のイメージを作ることもできる。それによって地域そのものをまるごとブランド化し、多様な価値を生みながら投資対効果を出していく。
遠藤氏は、そうした判断の基盤となった地域の背景を次のように語る。
遠藤さん:「森里海が一つになった南三陸町は、町のどこにいても、そこから眺められる景色の中で自分が生かされていることを実感できます。これは素晴らしいことです。その風景の中で命や資源が循環していくイメージを具体化させていける取り組みの一つが、バイオガス事業だったんですよ。」
この「風景の中で命や資源が循環していくイメージ」とは、「生態系そのもの」を表わしている言葉だ。共に暮らす生産者と消費者、そして分解者の「顔の見える関係性」が成立した舞台である。目に親しんだ風景の中で、顔見知りの人々と森・里・海の恵みを共に分かち合い、協働で資源循環を担う分解者となる。自然も人々もお互いに関係性を育み、命と資源が永遠に循環する。そして自分もその生態系の一員であることを実感しながら暮らしていける社会を目指す。それは何も特別なことではない。少し昔まで、地域に暮らす誰もが当たり前に感じていたはずの意識と価値観だ。その関係性を再び気づかせ、見える形にし、日々の暮らしの中で関われるしくみにしたものがバイオガスプラント、即ち「南三陸BIO」なのである。
遠藤さん:「もちろん、費用対効果や定量的なメリットなどを議会に説明する必要がありましたが、数字で示せる効果だけで説明しきれるものではありませんでした。未来へ残すべき震災の教訓として、エネルギー自給の大切さや、『災害に強いまちづくり』とはどういうことなのかという視点から、BIOを核とする資源循環事業の意義を説明して理解を求めていきました。ですから、議会からも否定的な意見が出てくることはありませんでしたね。」
未曾有の津波被害を受けての急激な人口減少は特殊な事例だが、人口減少自体は日本の多くの自治体で喫緊の課題だ。自然との共生や生命の循環というキーワードは、果たしてどこまで住民のプライドとなっているのだろうか。遠藤氏は、バイオガス事業が地域に生み出した波及効果を次のように語る。
遠藤さん:「財政や防災の観点だけでなく、地域を変えるという可能性に賭けたい想いはありました。そして、現に変わってきています。この事業が起爆剤になって環境やエネルギーに対する意識変化や波及効果が生まれ、新たな施策も生まれています。持続可能な社会を目指して水産業では志津川湾の養殖カキがASC養殖場認証(*2)を、林業では南三陸杉がFSC®森林認証(*3)を獲得しました。いまは志津川湾のラムサール条約湿地登録(*4)を目指す動きが進んでいます。まさに環境との共生に特化した町づくり、まさしく町民憲章にうたわれている姿です。これは住民の大きなプライドになります。こういう発想が新しい町づくりにどんどん広がっていくことを期待したいですね。」
従来の南三陸町は北に全国屈指の水揚げ量を誇る気仙沼市、南に県内第2の都市である石巻市が隣接し、人の出入りでも単なる通過点になりがちな地勢条件であることが課題だった。しかしいま、遠藤氏は南三陸研修センターの代表として外部から訪れる多くの視察研修ツアーを案内し、BIOやASC養殖場認証、FSC®森林認証の現場など、持続可能な地域を目指す様々な取り組みを紹介している。多くのメディア報道で映し出される「環境との共生・持続可能性といえば南三陸町」という解こそ、地域の未来像であることに確固たる自信を持っている様子だ。
遠藤さん:「自然との共生という点では、もともと素地があった地域だと思います。でも震災とBIOがきっかけになって、それが広がっている実感と、更なる期待感がありますね。私はもともと役人気質でしたが、役場の外に出ると色々なものが見えてきます。外からの視点にも触れることができるから、今は楽しいですよ。ここはコミュニティを含め、住民が前に向かって支え合いながら暮らしているから、お金はなくても生活できるような安心感があります。高齢者を抱えていたり、子供の就学等の関係から町の復興を待ちきれず、他の市町に家を買って町を離れざるを得なかった人も少なくありません。でも、ここが嫌いで出ていったわけじゃないですから、やっぱり戻りてぇなあ、という人もいます。だから家売って戻って来い、と言ってるんですよ(笑)。」
循環型社会に向けて一歩を踏み出した町のバイオガス事業は、防災という観点のみならず、地域のプライドと安心を取り戻し、増幅させる波及効果をも生み出している。そんな町に、戻りたいと願う元住民や、希望をもって新たに移り住む人々もいる。人口減少が課題となっている全国の市町村の課題解決に向けたヒントが、ここにある。
(*1)外部経済とは、経済活動の費用対効果や便益が、市場取引など直接の取引当事者以外の第3者におよぶ経済効果を指します。例えば、BIOの事業で生み出される液肥の無償提供を受ける住民の便益や、持続可能な地域の視察研修等で生じる経済効果の受益者、地域の産物の付加価値化による受益者の利益は外部経済効果と呼ぶことができます。外部経済効果は計量経済分析により一定の定量化(数値化)が可能となります。
(*2)ASC養殖場認証は、国際的な認証機関であるASC(水産養殖管理協議会)が、養魚場周辺の自然環境への負荷を抑えるための配慮や、資源となる魚や餌の調達方法、従業員の労働環境が適切なものであることを養殖場に対して審査し、認証する制度です。
(*3)FSC®森林管理認証は、国際的な認証機関であるFSC(森林管理協議会)が、森林の管理や伐採が自然環境や地域社会に配慮されていることを管理者(林業者等)に対して審査し、認証する制度です。
(*4)ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)は、水鳥をはじめとする水辺の生物の生息地として国際的に重要な湿地(湖や湾などの水面を含む)およびそこに生息・生育する動植物の保全を促し、湿地の適正な利用(Wise Use、「賢明な利用」)を進めることを目的として、1971年、イランのラムサールで開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」において採択された国際条約です。
プロフィール
遠藤 健治さん
元:南三陸町副町長(現:南三陸研修センター 代表理事)
1967年 志津川町(現南三陸町)役場に入庁。2007年 南三陸町副町長に就任し、2015年3月に退任。
2015年4月から一般社団法人南三陸研修センターの代表理事に就任。現在は視察ツアーの案内などを通じて、南三陸町の森・里・海・人など全ての地域資源を活用したまなびのフィールドを確立し、たくさんの来訪者を受け入れ、被災地の活力を生もうとしている。
無料電子書籍「バケツ一杯からの革命」
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南三陸BIOをはじめとする視察ツアー
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