地域の声
自然の力を活かした本来の
漁業を復興していく
宮城県漁協 志津川支所
戸倉出張所 カキ部会 部会長
後藤 清広さん
2016年3月に国際的な環境認証であるASC養殖場認証を日本で初めて取得した宮城県漁協 戸倉出張所。今回は認証の対象魚種となったカキ部会 部会長である後藤 清広さんにお話をうかがいました。
震災は今までの常識をすべて疑うきっかけとなった
震災時、津波でカキ棚などの養殖施設、漁船が全て流されてしまった後藤さん。
しかしそれ以上に衝撃を受けたことがありました。
後藤さん:津波で船も筏も全てを流されたけれども、それ以上に衝撃を受けたことは、今までは電化製品・大量の電池・自動車がなければ生きていけないと思い込んでいましたが、それは全然違うということでした。お金も二カ月間、全然使いませんでした。逆にお金があれば大丈夫という常識も間違いでした。今までの考えが180度、もう一周して540度変わるくらいでした。今まで信じきっていたもの、疑いもしなかった常識が全部間違いではないかという思いです。
戸倉のカキ養殖漁場
後藤さんは自己の利益や生産量の拡大を優先するあまり、環境に負荷を与え、自然を征服しているような感覚にさえ陥っていたように思うと振り返っています。
後藤さん:漁業についても同じでした。私たちは養殖を30年やっていました。その方法を信じて疑わず、自然災害はもちろん何回も経験してきましたけれども、自然に対して力で対抗し、なんとかコントロールしてきたつもりでした。しかし今回の津波を受けて、自然というのは戦うものではないと改めてわかったのです。その上で今までのやり方を全て変えようとなった。でもこれは私たち漁業者にとって本当に恐怖との戦いでした。この取り組みがASC取得のきっかけになりました。
自然の破壊力だけでなく、驚くべき再生力・恵みにも改めて気づいた
震災時、津波でカキ棚などの養殖施設、漁船が全て流されてしまった後藤さん。
しかしそれ以上に衝撃を受けたことがありました。
後藤さん:我々戸倉出張所だけが、震災前までやっていたカキの密殖をやめて養殖密度を三分の一に減らしていました。大震災前と同じことをしていたら、また次の生産まで2~3年もかかってしまう、思い切って1年で生産できるものを目指しましょうというのがきっかけです。そのためにどのくらいの間隔を空けたらいいのか試行錯誤しました。周りの皆さんも相当不安だったと思います。
ASC養殖場認証 事前審査の様子
周囲は反対意見の方が多かったものの、まずは徐々にやってみようと後藤さんたちの挑戦が始まりました。
後藤さん:2011年の8月に本養殖をやったんです。その場所には瓦礫とかがあって、養殖可能な漁場に限られていました。育ちの悪い場所しかありませんでしたが、仕方ないのでそこで試験的に13台やってみました。それでは育たないでしょうと言う人もいましたが、12月に試験的に採取してみました。そしたら、かつて2年3年で15グラムくらいにしか育っていなかったカキが20グラムあったんです。4カ月です。そして、試食した時に皆が改めてカキってやっぱり美味いなと喜んで、これはいけるかなと思ったのが始まりでした。
後藤さんたちは周囲の理解と協力を得るために必死で説得します。時には大ゲンカになったこともあったそうです。
後藤さん:今まで何年もやってきたやり方を変えるというのは、なかなか大変なことです。私たちは理解を得るために何度も話し合いました。漁師の集団は皆、独立した自営業者ですので、それぞれのこだわりを持っている。何回もぶつかりあったり、ケンカしたりして、明日大丈夫かなというくらいのときもありましたけれども、やはりきちんとぶつかりあって納得するまで話し合い、和解するのが大切ですね。
そんな中ASC養殖場認証という制度と出会い、後藤さんら戸倉出張所は認証取得に向けて動き出します。
後藤さん:自然の恵みを得て生活していることを改めて認識し、自然と共に生きていくことこそが、最善の方法なのではないかと気づき、その手法もすこしずつ定着していました。そこで、自然の再生力を活かした本来の漁業を復興していくとともに、成熟した強い産業として再生することが、これまでご支援をいただいた皆様への恩返しだと考えて、ASC養殖場認証の審査に挑戦しようと思いました。
2016年5月に行われた認証伝達式の様子
ASC養殖場認証取得に向けて、改めて学ぶことも多く、新しい情報もいろいろと入ってきました。
後藤さん:ASC養殖場認証の取得には費用がかかります。また申請に必要なデータについても町の協力を得られました。こういった取り組みに理解や支援がすぐには得られない市町村も多い中で、本当に助かりました。背景には「南三陸バイオマス産業都市構想」という町のビジョンがありました。
その他、東京の関連セミナーなどにも参加したりしました。今までは養殖や漁業について分かったつもりになっていたので、外部の声があまり聞けていなかった。でも今までの経験をゼロにして、素直に、真摯に人の話や研究者の論説を聞いたりすることで、見逃していたことや意見がすごくいっぱいあった。この前もカキ生産業界の代表的な先生が南三陸にお越しになりました。毎日勉強という状態です。
ASC認証製品の生カキ
ASC養殖場認証の取得はスタートであってゴールではない。後藤さんたちは次の目標へ向かっています。
後藤さん:2015年11月にアミタさんに審査してもらい、2016年3月30日に認証を取得することができました。密殖をやめて環境負荷も下げて、高品質のカキを短期間で育てるという試みがASC養殖場認証のおかげで、付加価値として可視化されました。入札価格もあがっています。ただ、認証ラベルがつくだけでなく、今後も第三者の目で定期的に評価されるということは本当に大切だと思っています。自然と共生する養殖方法は続けることこそ大切なはずなので。
町でも全国的にも漁師がどんどん減っていく中、私たちの生業を通じて、おいしいカキと共に「持続可能な漁業で収益を上げ続ける。」というメッセージを届けていきたいと思っています。
プロフィール
宮城県漁協 志津川支所 戸倉出張所
カキ部会 部会長
後藤 清広(ごとう きよひろ)さん
1960年生まれ。南三陸戸倉地区出身・在住。養殖再生にあたり過密養殖を止めて持続可能な養殖漁業を目指す。2016年3月に宮城県漁業協同組合 志津川支所として「ASC養殖場認証」を日本で初めて取得し、養殖漁業のモデル地区づくりを手掛けている。